5月10日(金) さがしもの
ーネパールという国の場所も、恋も知らないおさない私。
ー数日前の雨を残したような、静寂に活字が沈み込んだような、なじみ深いにおい。
ー本を開き、私は物語を読んでいるのではなく文字を見ていた。見知った言葉で描かれる、見知った場所で起こるできごとをつづる。五十音の文字。その文字がくっついたり離れたりする様を。意味を形成しようとする様を。
ー何かに強く憧れて、その憧れの強度によって、憧れに近づけると信じていたころの自分。
ー男が消えたあとにはただ、緑に光る午後の海だけが、窓の外に広がっている。
ーしあわせという言葉を、ひとつひとつ現実の事象にしていったら、きっとそこにできあがるのは、私とあなたの送った日々なのではないかと思うほどです。
ー隣に犬が二匹いたこと。塀から腕をさしこんで、その犬の頭を競うようになでたこと。窓から新宿の夜景が見えたこと。喧嘩をしながら大掃除をしたこと。お魚屋さんで安いほっけを買ったこと。電子レンジで卵を爆発させたこと。階段の途中でいつも息が切れたこと。これから続く私たちの別々の日々のなかで、きっと、あなたも私も、幾度も思い出すでしょう。
ー夏の海辺で毎年花火をしていたこと。小銭がなくて一本の缶コーヒーを分け合って飲んだこと。冬の寒い日、ラーメン屋の行列に並んだこと。石焼き芋の声を追って町内を走りまわったこと
ーさようなら。バイバイ。ソーロング。
ー私に自信をつけてくれるように思えた。ポパイのほうれん草みたいに、目に見えて。
ー記憶もごちゃまぜになって一体化しているのに、それを無理矢理引き離すようなこと、自信を失うとか、立ち直るとか、そういうことじゃない、すでに自分の一部になったものをひっぺがし、永遠に失うようなこと。好きになって別れるって、こういうことなんだと思う。
ー私の思う不幸って何もないことだな。笑うことも、泣くことも、舞い上がることも、落ち込むこともない、淡々とした毎日のくりかえしのこと。
ー男の子って、ただ、男の子なのだ。それだけ。
ーヒトは記憶で構成されている。何気なく起こしたようなアクションでも、それは過去の記憶が決定している。本人はいろんな選択肢のなかからそのアクションを選んだ気になっているけれど、そうじゃない。選択はずっと昔、とうに為されているんだ。
ーいつだってできごとより、考えの方がこわい。できごとなんて起こってしまえばそれはただのできごとなのだ。